尾崎将司(ジャンボ尾崎)のプロフィール・経歴・成績|身長・出身から賞金・世界ランキング・スポンサーまで
尾崎将司(ジャンボ尾崎)の公表プロフィールと戦績を、公式情報(ツアー公式・GDO)に基づいて1ページに整理しました。 身長・出身・出身校、ゴルフを始めた経緯からプロ入り、主な優勝までの経歴、 通算勝利・賞金・ランキング・スポンサー契約を2026年9月9日時点でまとめています。
2026-09-28更新 / 5,979ラウンド分析
※ 掲載しているのは公式プロフィール・公式リリース・主要ゴルフメディアで確認できる公表事実のみです。家族構成・親の職業・交際など私生活に関する推測情報は扱いません。
尾崎将司(ジャンボ尾崎)のプロフィール(身長・出身・経歴)
| 名前 | 尾崎将司(ジャンボ尾崎)(Masashi Ozaki) |
|---|---|
| 生年月日 | 1947年1月24日(79歳) |
| 出身地 | 徳島県 |
| 身長 | 181cm/体重90kg |
| 出身校 | 徳島・海南高校 |
| ゴルフを始めた年齢 | 21歳。プロ野球を退団後 |
| プロ入り | 1970年(23歳でプロテスト合格) |
| 主契約(クラブ) | マスダゴルフ監修(J's/自身ブランド) |
| 主なツアー | 日本ツアー |
| 野球歴 | 海南高のエースとして1964年春の甲子園優勝。1965〜67年西鉄ライオンズ |
| 愛称 | ジャンボ尾崎(デビュー時の豪打をボーイング747になぞらえて) |
| 逝去 | 2025年12月23日、S状結腸がんのため78歳で死去 |
尾崎将司(ジャンボ尾崎)の経歴|ゴルフを始めてから現在まで
尾崎将司は1947年1月24日、徳島県生まれ。徳島・海南高校では野球部のエース投手として1964年の選抜高校野球大会を制覇し、翌年プロ野球の西鉄ライオンズに入団しました。1967年に退団し、21歳からゴルフを始めて、1970年に23歳でプロテストに合格。デビュー2年目の1971年の日本プロで初優勝を皮切りに5勝を挙げ、ツアー制が始まった1973年には関東プロなど5勝で初代賞金王に輝きました。デビュー時の豪打をボーイング747になぞらえた「ジャンボ」の愛称で親しまれます。
同世代の青木功、中嶋常幸とともに「AON時代」を築き、日本ツアー通算94勝(国内メジャー16勝)と12度の賞金王はいずれも歴代最多。ツアー制以前を含むプロキャリアの通算勝利は113を数えます。海外では1973年のマスターズで8位に入り、日本人として初めてメジャーでトップ10に入りました。金属ヘッドのドライバーをツアーでいち早く使い、超ロングティにオープンスタンスからインサイドアウトで高いドローを打つ「高弾道・低スピン」の先駆者です。
2002年の全日空オープンでは55歳7か月29日の最年長優勝記録を樹立。66歳で戦った2013年のつるやオープン初日に62をマークしてレギュラーツアー史上初のエージシュートを達成し、70歳の2017年ホンマ・ツアーワールドカップ2日目にも70で2度目の快挙。シニアツアーには出場せず、レギュラーツアーにこだわり続けました。2010年に世界ゴルフ殿堂入り。晩年は西郷真央、原英莉花ら若手の指導にも力を注ぎ、「ジャンボ軍団」から多くのプロが育ちました。
2025年12月23日、大腸がんの一種であるS状結腸がんのため78歳で死去。日本ゴルフ協会の新組織による日本ゴルフ殿堂の初の顕彰者となりました。
尾崎将司(ジャンボ尾崎)の成績・優勝・賞金・世界ランキング(2026年9月9日時点)
甲子園優勝投手からプロ野球を経て23歳でプロゴルファーに。日本ツアー94勝・賞金王12回の歴代最多記録、プロ通算113勝。55歳の最年長優勝と66歳・70歳のエージシュート。2010年世界殿堂入り、2025年12月に78歳で逝去しました。
日本ツアー通算勝利
94勝
歴代最多。国内メジャー16勝
プロ通算勝利
113勝
ツアー制以前を含む
賞金王
12回
歴代最多。1973年初代賞金王
最年長優勝
55歳7か月29日
2002年全日空オープン
エージシュート
2回
66歳で62(2013年)、70歳で70(2017年)
世界ゴルフ殿堂
2010年
メジャー最高は1973年マスターズ8位
主な優勝
| 時期 | 大会 | 補足 |
|---|---|---|
| 2002年 | 全日空オープン | 55歳7か月29日の最年長優勝記録 |
| 1996年 | 年間8勝 | 49歳の黄金期 |
| 1973年 | 関東プロなど年間5勝 | 初代賞金王 |
| 1971年 | 日本プロ | デビュー2年目で初優勝 |
| 1964年 | 選抜高校野球大会 | 海南高のエースとして優勝 |
年度別トピック
| 1964年 | 春の甲子園優勝 |
|---|---|
| 1965〜67年 | 西鉄ライオンズ |
| 1970年 | 23歳でプロテスト合格 |
| 1971年 | 初優勝 |
| 1973年 | 初代賞金王、マスターズ8位 |
| 2002年 | 最年長優勝 |
| 2010年 | 世界殿堂入り |
| 2013年 | 66歳でエージシュート |
| 2025年 | 12月23日逝去(78歳) |
※ 賞金・ランキングは2026年9月9日時点の公開情報です。試合ごとに変動するため、最新値は下記の出典でご確認ください。 出典:GDO:選手プロフィール/Wikipedia (JA): 尾崎将司/GDO:尾崎将司死去の記事/ゴルフダイジェスト:スウィング世界遺産(高弾道×低スピンの先駆者)/スポーツナビ:金子柱憲が解説「ワンピースのスイング」
尾崎将司(ジャンボ尾崎)の数字を、自分のゴルフに置き換える
プロの数字はそのまま真似できません。ただ「自分の数字を知って、伸ばす場所を決める」という考え方は、アマチュアでも同じです。
差は数十打。埋めるべきはドライバーの飛距離ではなく、パット数とパーオン後のミスです。まず自分の現在地を知ることから始めましょう。
尾崎将司(ジャンボ尾崎)のプロフィール・成績に関するよくある質問
尾崎将司は何勝している?
日本ツアー通算94勝(国内メジャー16勝)で歴代最多。ツアー制以前を含むプロ通算勝利は113です。賞金王12回も歴代最多です。
ジャンボ尾崎のメジャー成績は?
優勝はなく、1973年マスターズの8位が日本人初のメジャートップ10でした。
ジャンボ尾崎の最年長記録とは?
2002年全日空オープンを55歳7か月29日で制した最年長優勝記録。66歳と70歳でレギュラーツアーのエージシュートも達成しました。
ジャンボ尾崎は野球選手だった?
はい。海南高校のエースとして1964年春の甲子園を制し、1965年から西鉄ライオンズに在籍。1967年に退団して21歳からゴルフを始めました。
尾崎将司はいつ亡くなった?
2025年12月23日、S状結腸がんのため78歳で死去しました。2010年に世界ゴルフ殿堂入りしています。