青木功のプロフィール・経歴・成績|身長・出身から賞金・世界ランキング・スポンサーまで
青木功の公表プロフィールと戦績を、公式情報(ツアー公式・GDO)に基づいて1ページに整理しました。 身長・出身・出身校、ゴルフを始めた経緯からプロ入り、主な優勝までの経歴、 通算勝利・賞金・ランキング・スポンサー契約を2026年9月9日時点でまとめています。
2026-09-28更新 / 5,979ラウンド分析
※ 掲載しているのは公式プロフィール・公式リリース・主要ゴルフメディアで確認できる公表事実のみです。家族構成・親の職業・交際など私生活に関する推測情報は扱いません。
青木功のプロフィール(身長・出身・経歴)
| 名前 | 青木功(Isao Aoki) |
|---|---|
| 生年月日 | 1942年8月31日(84歳) |
| 出身地 | 千葉県我孫子市 |
| 身長 | 180cm/体重80kg |
| ゴルフを始めた年齢 | 14歳。我孫子中卒業後にキャディとして就職し、師匠・林由郎に見出される |
| プロ入り | 1964年 |
| 主契約(クラブ) | 青木功パター(オリジナル) |
| 主なツアー | 日本ツアー/米PGA・チャンピオンズツアー |
| 殿堂 | 2004年世界ゴルフ殿堂(日本人男子初)、2013年日本プロゴルフ殿堂 |
| 要職 | 日本ゴルフツアー機構(JGTO)会長 2016〜2024年 |
| 栄典 | 2009年紫綬褒章、2015年旭日小綬章、2024年文化功労者(ゴルフ界2人目) |
青木功の経歴|ゴルフを始めてから現在まで
青木功は1942年8月31日、千葉県我孫子市生まれ。我孫子中学を卒業してキャディとして就職し、14歳でゴルフを覚え、師匠となる林由郎に才能を見出されました。1964年にプロ入りし、1971年の関東プロで初優勝。1976年に1勝ながら初の賞金王となり、1978年から4年連続で賞金王に輝きました。日本ツアー通算51勝(国内メジャー13勝)は歴代2位です。
海外では1978年に英国開催の世界マッチプレーを制して初勝利。1980年の全米オープンではジャック・ニクラスと4日間同組で「バルタスロールの死闘」を繰り広げて2位に入り、「世界のアオキ」の名を世界に広めました。1983年のハワイアンオープンでは最終日最終18番でチップインイーグルを決め、日本人として初めて米ツアーで優勝。1989年には豪州ツアーのコカ・コーラクラシックを制し、日米欧豪の4ツアー優勝という快挙を成し遂げました。
50歳以降は米チャンピオンズツアーで9勝、国内シニアツアーで7勝。2007年の日本シニアオープンでは最終日にエージシュートを達成して逆転優勝しました。2017年の中日クラウンズでは自身の持つツアー最年長出場記録を74歳239日に更新。2004年に日本人男子として初めて世界ゴルフ殿堂入りし、2016年から4期8年にわたり日本ゴルフツアー機構(JGTO)会長を務め、2024年には樋口久子に続くゴルフ界2人目の文化功労者に選ばれました。
深い前傾、ベタ足、手打ちという教科書とは程遠いスイングと、パターのトウを浮かせてリストで打つタップ式パッティングは唯一無二。ニクラスは「100ヤード以内のアオキは世界一」と評しました。
青木功の成績・優勝・賞金・世界ランキング(2026年9月9日時点)
キャディ出身で日本51勝・賞金王5回、1980年全米オープンでニクラスと死闘の2位、1983年に日本人初の米ツアー優勝、1989年に4ツアー制覇。世界殿堂入り、JGTO会長、2024年文化功労者です。
日本ツアー通算勝利
51勝
国内メジャー13勝・歴代2位
賞金王
5回
1976年、1978〜1981年
米PGAツアー
1勝
1983年ハワイアンオープン(日本人初)
メジャー最高
2位
1980年全米オープン
シニア
16勝
米チャンピオンズ9勝+国内7勝
世界ゴルフ殿堂
2004年
日本人男子初
主な優勝
| 時期 | 大会 | 補足 |
|---|---|---|
| 2007年 | 日本シニアオープン | 最終日エージシュートで逆転V |
| 1989年 | コカ・コーラクラシック(豪州) | 日米欧豪4ツアー優勝を達成 |
| 1983年2月 | ハワイアンオープン | 最終18番チップインイーグルで日本人初の米ツアーV |
| 1978年 | 世界マッチプレー選手権(英国) | 海外初勝利 |
| 1971年 | 関東プロ | 初優勝 |
年度別トピック
| 1964年 | プロ入り |
|---|---|
| 1971年 | 初優勝 |
| 1976年 | 初の賞金王 |
| 1978〜81年 | 4年連続賞金王 |
| 1980年 | 全米オープン2位 |
| 1983年 | 日本人初の米ツアーV |
| 1989年 | 4ツアー優勝 |
| 2004年 | 世界殿堂入り |
| 2016〜24年 | JGTO会長 |
| 2024年 | 文化功労者 |
※ 賞金・ランキングは2026年9月9日時点の公開情報です。試合ごとに変動するため、最新値は下記の出典でご確認ください。 出典:GDO:選手プロフィール/Wikipedia (JA): 青木功/ALBA:青木功の“タメ”は半端ない【レジェンドのスイング回顧録】/e!Golf:「世界のアオキ」の代名詞タップ式パッティング
青木功の数字を、自分のゴルフに置き換える
プロの数字はそのまま真似できません。ただ「自分の数字を知って、伸ばす場所を決める」という考え方は、アマチュアでも同じです。
差は数十打。埋めるべきはドライバーの飛距離ではなく、パット数とパーオン後のミスです。まず自分の現在地を知ることから始めましょう。
青木功のプロフィール・成績に関するよくある質問
青木功は何勝している?
日本ツアー51勝(国内メジャー13勝・歴代2位)、米PGAツアー1勝(1983年ハワイアンオープン)、米チャンピオンズツアー9勝、国内シニア7勝、欧州・豪州でも優勝しています。
青木功のメジャー成績は?
優勝はなく、最高成績は1980年全米オープンの2位。ジャック・ニクラスとの「バルタスロールの死闘」として知られます。
青木功の日本人初の記録とは?
1983年ハワイアンオープンで日本人初の米ツアー優勝。2004年に日本人男子初の世界ゴルフ殿堂入り。1989年には日米欧豪4ツアー優勝を達成しました。
青木功は現在何をしている?
2016年から2024年まで日本ゴルフツアー機構(JGTO)会長を務め、2024年に文化功労者に選ばれました。
青木功の身長・出身は?
身長180cm・体重80kg、千葉県我孫子市出身。1964年にプロ入りしました。